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日帰りバスツアー(姫路城・旧閑谷学校)を開催しました

平成27年12月1日(火)、日帰りバスツアーに出かけました。

バスツアーのしおり

このツアーは『鳥取池田藩のルーツをめぐるご縁旅』ということで、鳥取池田藩(因幡池田家)にゆかりある各地を、現地ガイド・光風スタッフの解説と共にご訪問いただきました。
ご参加いただいた方々は、事前にお申込みいただいた光風クラブの会員さまとそのお連れさま。
ありがたいことに375名という多数のご応募をいただき、抽選により43名の皆さまにご参加いただきました。
この度、残念ながら抽選から漏れてしまった皆さま、申し訳ありませんでした。

 

それでは、ツアーの様子をご覧ください。

 
 

午前7時半、光風長砂ホールから貸切バスで出発。米子道を通り、瀬戸内方面、姫路城に向かいます。
弊社支配人は少し緊張気味!?

支配人

姫路城:5重6階地下1階 連立望桜型 国内に12城しかない現存天守(明治維新より前につくられた天守)の一つです。
池田恒興(ツネオキ)の子、池田輝政(テルマサ)が姫路城主のとき姫路城を大改修し、現在の大規模な城郭へと拡張したそうです。(1601年~1609年頃)
姫路城

ガイドの解説を聞きながら姫路城を視察しました。
姫路城は天守の内も外も実戦を想定したつくりになっていて、細かな部分までたくさんの工夫がなされていました。
ガイドの解説を聞きながら姫路城内を視察します

天守の最上階にある『刑部神社(オサカベジンジャ)』を参拝しました。
姫路城は築城当時から耐震を考慮されていたそうです。その甲斐あってか、阪神大震災の際にこの神社にお供えしてあった一升瓶が倒れなかった、というエピソードがあるそうです。
姫路城の天守の最上階にある神社を参拝しました

池田家の家紋『池田蝶』が入っている瓦が門などで見かけられました。
このような点でも、鳥取池田藩とのえにしを感じます。
池田家の家紋が入っている瓦です

姫路城の天守の周りも散策しました。
時間配分がかなり窮屈になってしまいましたが、修復して間もない真っ白な姿の姫路城を見ることが出来たのはとても貴重な機会でした。
姫路城の天守の周りも散策しました

姫路市内の『割烹 森富』にて昼食です。
店内の各所に希少な古美術や骨董品があり、特に2階のギャラリーは圧巻でした。
昼食の様子

兵庫県を離れ、岡山県備前市にある『旧閑谷学校(シズタニガッコウ)』へ向かいます。
 
鳥取城主であった池田光政(ミツマサ)が国替えにより岡山城主になった後に、地方のリーダーを育てるべく『閑谷学校』を開きました。ここは武士の子弟だけではなく庶民も学べる場としたため、世界最古の庶民のための学校といわれています。
旧閑谷学校

国宝になっている『講堂』の中は、江戸時代から生徒たちが丹念に拭きこんだため、ピカピカで光が反射していました。
旧閑谷学校 講堂内部

防火用の火除山(ヒヨケヤマ:左)と全長765mある石塀(右)の間を通り、資料館へ向かいます。当時は学舎や学寮がありましたが、現在の資料館は昭和30年代後半まで高等学校として生徒が通っていた建物だそうです。
防火用の山と壁の間を抜け、旧閑谷高等学校へ向かいます
 
 
旧閑谷学校での集合写真
私どもスタッフの至らぬ点が多々あったことと思いますが、皆さま笑顔でバスツアーにご参加いただき、本当にありがとうございました。
今後とも、光風 渡部葬祭場をよろしくお願いいたします。
 
 
池田光政についての解説板

参考:この度のバスツアーを企画した背景となる池田家系図(抜粋)です。
※各種の参考文献などから抜粋した個人的なまとめですので、正しくない記述がございましたらご容赦ください。(文責:池原)
池田家系図(抜粋)
 
特典いっぱい光風クラブのご案内はこちら。

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